北方林 (タイガ ・ ボリアルフォレスト) は、地球全体で森林面積の約3割を占める。道北は日本の南限ボリアル ・ 移行帯として、変化を最も早く捉えられる地理的位置にある。本稿では Sentinel-2 衛星画像の人為攪乱マッピングや、生態系の「記憶」 を統計的に扱う研究を起点に、衛星と現場観察を組み合わせて道北の森を読む方法を整理する。
北方林 (タイガ ・ ボリアルフォレスト) は、地球全体の森林面積の約 3 割を占める巨大な生態系である。 ロシア ・ カナダ ・ 北欧が主な分布域だが、 日本の道北はその南限 ・ 移行帯にあたり、 気候変動による植生の変化を最も早く検出できる地理的位置にある。 本稿では、 衛星画像とAIで森の変化を読む近年の研究を起点に、 現場観察と組み合わせて道北の森を読む方法を整理する。
1. 道北は「北方林の南限実験場」
道北 (上川北部 ・ 宗谷山地 ・ 留萌内陸) は、 トドマツ ・ エゾマツ ・ ダケカンバ ・ ミズナラなど、 北方系と冷温帯系の樹種が混在する境界地帯である。 気候変動によりこの境界が北上 ・ 標高上に移動するとき、 数十年単位の変化を最初に観測できる場所のひとつになる。
しかし、 広域の森林変化を地上踏査だけで追うのは現実的でない。 そこで近年急速に発達したのが、 衛星画像と機械学習を組み合わせた森林モニタリングである。
2. 衛星画像で「人為攪乱」 を自動マッピングする
Sentinel-2 ( 欧州宇宙機関の地球観測衛星 ) は、 約 10 m 分解能のマルチスペクトル画像を 5 日ごとに地球全域で取得している。 これに深層学習を組み合わせると、 道路 ・ 林道 ・ 伐採地など「人為的に作られた線状攪乱」 を自動で抽出できる。
この研究は、 セマンティックセグメンテーション (画像の各画素を分類する手法) を使い、 ボリアルフォレストにおける線状攪乱を Sentinel-2 画像から自動マッピングする方法を検証している。 国土全体を人手で踏査するコストを大幅に下げる方向性であり、 道北のような広域 ・ 過疎地ではとくに価値が高い。
ただし、 衛星画像が見ているのは「上から見える」 範囲に限られる。 林床の植生、 土壌生物、 鳥類の営巣状況など、 衛星では捉えられない情報は、 地上観察と組み合わせて初めて意味を持つ。
3. 生態系の「記憶」 を統計的に扱う
森林の現在の姿は、 数十年 ・ 数百年単位の過去の影響を引きずっている。 過去の伐採、 山火事、 病虫害、 気候の揺らぎが、 現在の樹種構成や成長速度に「記憶」 として残る。 これを ecological memory と呼ぶ。
この論文は、 生態系の記憶を統計的に推定する R パッケージ EcoMem を提案している。 道北のように、 戦後の拡大造林、 明治期の開拓、 アイヌ文化の利用など、 複数のレイヤーの「土地の記憶」 が現在の森に重なっている場所では、 こうした統計的枠組みが、 観察を整理する補助線になる。
4. 衛星 × 地上 × データの三層モデル
道北で森林モニタリングを設計するとき、 以下の三層を組み合わせると現実的である。
| 層 | データ | 強み | 弱み |
|---|
| 衛星 (Sentinel-2 / Landsat) | 10 m 解像度 ・ 5 日周期 | 広域 ・ 反復観測 ・ 無料 | 林床 ・ 下層植生は見えない |
| 航空 LiDAR | 1 m 以下 ・ 3D | 樹高 ・ 林冠構造 | 取得コスト高 ・ 反復難 |
| 地上踏査 | プロット調査 ・ カメラトラップ | 種同定 ・ 個体観察 | 範囲狭い ・ 人件費 |
nbyn が道北で蓄積している自然多様性データは、 三層モデルの最下層 (地上踏査) に位置する。 これを衛星データと突き合わせると、 「衛星で検出された変化が、 現場で何を意味するか」 を翻訳する独自のレイヤーになる。 これは他地域からは模倣しにくい。
5. 課題 ・ オープンデータと現場知の接続
衛星データは Copernicus や USGS から無料で取得できる時代になった。 機械学習のモデルも、 多くがオープンソースで公開されている。 障壁は、 これを地域の現場知 (どの沢にエゾシカが集まるか、 どの稜線でクマと遭遇しやすいか、 どの林分にエゾマツが残るか) と接続することである。
道北では、 地域住民 ・ 森林組合 ・ 自治体 ・ 研究者 ・ アクティビティ運営者の知が、 まだ統合的にデータ化されていない。 nbyn が中長期で取り組みたいのは、 衛星と現場知のあいだに立つ翻訳レイヤーをつくることである。
まとめ
衛星画像と AI による森林モニタリングは、 道北の広域変化を低コストで追う有力な手段になりつつある。 ただし、 衛星が見えるのは上空からの平面像であり、 道北の森の本質的な価値 (林床の生物多様性、 アイヌ文化を含む土地の記憶) は、 地上観察と地域の知見と組み合わせて初めて立体になる。 nbyn の役割は、 この立体化を担う中間レイヤーとして、 衛星と現場のあいだを行き来することである。