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エゾシカと向き合う道北 ・ 生息密度の推移とシカ柵システムの10年

by north by north 編集部

北海道のエゾシカ推定生息数は約72万頭。林業被害は全国最大級で、毎年の捕獲は約14万頭規模で推移する。本稿では道北 (上川北部・宗谷山地・留萌内陸) のシカ密度・被害金額の10年推移を踏まえ、シカ柵 (ネット型・電気柵・組立型) の防除デザインと、捕獲〜食肉処理を地域内で内製化する下川・中川の実践を、現場とデータの交差点として記録する。

北海道のエゾシカ推定生息数は 約72万頭 (2023年度推計)。20年前の約3倍。森林の若木 ・ 農地の作物 ・ 草原の在来植物の植生に与える影響は大きく、林業被害は全国の半分以上を占める年が続く。本稿では道北 (上川北部 ・ 宗谷山地 ・ 留萌内陸) でのシカ密度の推移と、シカ柵を中心とした防除デザイン、そして捕獲から食肉処理までを地域で内製化する 澁谷麻斗卜部悠人 ら nbyn メンバーの実践を、現場とデータの交差点として整理する。全道スケールの数値推移は dohokuhub の関連 issue を参照されたい。

1. 数字で見る現状

指標出典
推定生息数 (2023)約72万頭北海道 エゾシカ管理計画
年間捕獲頭数 (2023)約14.3万頭北海道 エゾシカ捕獲統計
森林被害面積 (全国 / 北海道シェア)約 50%林野庁 森林被害
農林業被害額 (北海道, 2023)約45億円農林水産省 鳥獣被害
捕獲従事者の高齢化率60歳以上が約7割環境省 鳥獣統計

シカ問題を「森と農地の話」だけで閉じない。シカは森林の若木と下層植生を食べ尽くすことで、土壌の保水力 ・ 鳥類の営巣場所 ・ 在来植物の遺伝的多様性まで連鎖的に削っていく。1 頭の影響を平面的に評価するのではなく、システムとして読む必要がある。

2. 道北の特殊性

道北は冬期の積雪深が深く、シカは標高の低い沢沿い ・ 河岸段丘 ・ 防雪林帯に集中する傾向がある。これにより:

  • 農地と森林の境界線が、シカ密度の偏在ホットスポットになる
  • 天塩川 ・ 名寄川 ・ サンル川などの河畔林が冬期の越冬地として機能し、夏期に周辺の森林 ・ 農地へ拡散する
  • 道路 ・ 鉄道とのロードキルが春先 (3-5月) に集中する

このため道北での防除は「面で囲む」ではなく「動線を遮る」設計が現実的。柵の配置は、シカの季節移動経路を地形と植生から逆算して決める。

3. シカ柵のタイプと費用効果

道北で実装されている主なシカ柵を、用途別に整理する。

3.1 恒久ネット型柵

ポリエチレン ・ ステンレスのメッシュを 2 メートル前後の高さで張る、最も標準的なタイプ。道や農地で広域に敷設される。

  • 設置単価: 約 2,000〜3,500 円 / m
  • 耐用年数: 10〜15 年
  • 維持管理: 倒木 ・ 雪圧 ・ 倒れ込みの修復が毎年必要

3.2 電気柵 (パルスフェンス)

低電圧を流したワイヤーを 2〜3 段で張る、農地での主流。

  • 設置単価: 約 700〜1,500 円 / m
  • 耐用年数: 5〜8 年
  • 維持管理: 草刈り ・ バッテリー / ソーラー点検が必要 (シーズン中は週次)

3.3 組立型 (鋸歯型 ・ 屏風型) 柵

地形に合わせて折り曲げて設置できる軽量型。河畔やトレイル沿いで増えている。シカは斜め方向への跳躍が苦手という性質を利用して、平面ではなくジグザグの面で接近を防ぐ。

  • 設置単価: 約 3,000〜5,000 円 / m (地形補正含む)
  • 耐用年数: 15〜20 年
  • 維持管理: 折り目部分の点検が主

3.4 防護対象と費用感

守る対象柵タイプ推奨単価帯
大規模農地電気柵 + ネット型
林業の植栽地ネット型 (高耐久)中〜高
単木 (重要木)樹幹巻き型
河畔 ・ トレイル組立型中〜高
自然観察エリア組立型 + 看板

道北の自治体林では、植栽後 5〜10 年の若齢林を集中的に保護するために、林班単位で恒久ネット型を 2 km 〜 5 km の長さで敷設するケースが増えている。

4. 道北の実装事例

4.1 下川町 ・ 鳥獣対策と食肉処理の内製化

下川町は 2010 年代以降、町営の鳥獣対策チームと猟友会 ・ 食肉処理事業者が連携する形で、捕獲 → 衛生処理 → 流通までを地域内で完結させる仕組みを育ててきた。澁谷麻斗 は 2023〜26 年に下川町役場 ・ 産業振興課で鳥獣対策支援員を務め、現在は Largo 株式会社 (きたつむぎ商店 ・ 肉のキクチ) で精肉販売側に回り、両側からこの環を支える。

4.2 中川町 ・ シカ食肉の地域料理化

中川町では 卜部悠人 (酪農学園大学卒、地域おこし協力隊) が捕獲 ・ 精肉 ・ 販売 ・ 料理までを一人で貫通させる事業を立ち上げている。イベントでは自身の捕ったエゾシカを自ら調理して提供することで、「シカ問題」を経営課題ではなく、地域の食卓の話に翻訳している。

4.3 中川町 ・ 林業との連動

中川町の振興公社 (担当: 和泉竣也) は、観光地域づくり ・ ふるさと納税 ・ 特産品開発と連動して、森林とシカ問題を観光客に体験させる枠組みを試行中。狩猟体験 ・ ジビエ料理 ・ 森林ガイドを束ねたパッケージは、地域内の事業者間で収益を再配分する仕組みとしても機能する。

5. システムとして見るシカ問題

防除 ・ 捕獲 ・ 流通 ・ 食卓化を「線」でつなぐと、シカ問題の解像度は変わる。

段階担い手必要な資産
モニタリング道庁 ・ 大学 ・ 地元観察者個体数調査 ・ センサーカメラ
防除 (柵 ・ 忌避)自治体 ・ 林業者 ・ 農家柵 ・ 維持管理 ・ 補助金
捕獲猟友会 ・ 鳥獣対策支援員銃 ・ 罠 ・ 担い手育成
衛生処理食肉処理施設HACCP 設備 ・ 一次加工担い手
流通精肉店 ・ レストラン ・ ECコールドチェーン ・ ブランド
食卓化飲食店 ・ 料理人 ・ メディアレシピ ・ 物語 ・ 消費者教育

道北で稀有なのは、この 6 段階の 多くを 1 つの自治体 (下川 ・ 中川) で内製化できている 点。これは「対策」ではなく「産業」として組み直す試行であり、全国の鳥獣対策の参照モデルになりうる。

6. 次の 10 年で起きること

  • TNFD 対応のなかで、シカ被害が「自然関連リスク」として開示対象に。林業 ・ 製材 ・ 食品大手が、調達先の鳥獣対策コストを評価指標に組み込むようになる。
  • AI / IoT センサーカメラの普及で、個体数モニタリングの粒度が現状の年単位 → 月 ・ 週単位へ。柵の点検 ・ 補修もデータドリブンに最適化されていく。
  • ジビエ食肉のブランド化。「道北エゾシカ」「下川中川の野生肉」というように、地域名 ・ 衛生 ・ 物語付きの食材ブランドが、首都圏のレストランや EC で安定流通する。
  • 担い手の世代交代。60 代以上が中心の現在の捕獲従事者層から、若年層 ・ 移住者 ・ 女性ハンターへのバトンタッチを設計できるかが、システム持続の最大の論点になる。

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出典